Twilight

白日の喧噪が薄らぎ万物がその形姿を背景に溶け込ませる日没時、 今日を振り返り、明日に思いを馳せる。
窓に明かりが灯り、会話が始まる。
明日も良い一日でありますように.......。
Stone cutter (鉱物研磨職人) Aquilax O

ビスビー 14.30ct

      2016/06/18

ビスビー ターコイズ 14.30ct

高校の教科書で取り上げられていた時代もあったので、あるいはご存じの方もいらっしゃるのではないかと思う。というのは1903年にイギリスで出版された「ヘンリ・ライクロフトの私記」のことです。
著者はジョージ・ギッシング。
全篇を春夏秋冬に分け、四季の自然の移り変わりを描き、所感を記す。そうして「もっとゆっくりした、もっとまともな時代」すなわち自分が若かった日々を懐かしみ、現代の世相、人情を慨嘆する。
行間にあふれる思いは形而上的でも神秘主義的でもない。枯れているといえば枯れている。老人趣味である。
ぼく自身、若い頃からどちらかといえば老人趣味的な部類に属する人間である、と他人に言われることが多かった。

私記の主人公であるヘンリ・ライクロフトは53歳、3年前に騒々しいロンドンを避けて、イングランド南西部のデヴォン州の田舎に引退した。知人が亡くなり、年間300ポンドの終身年金を遺贈されたから仕事はもうしなくてもよい。妻は数年前に亡くなり、一人っ子の娘もすでに他家に嫁いだ。ただ一人、申し分のない家に住み、申し分のない家政婦にかしずかれて「祝福された静寂」の中で暮らしている。

彼は通り一ぺんの交友を好まない。とりわけ、何かのグループに属することが嫌いなのである。彼はどうしても自分を「社会の一員」と思うことができなかった。孤独を愛する男である。
エゴイストでアナーキーなのである。

ヘンリ・ライクロフトの植物、殊に花に対する好みは、日本人のそれに似ている。少なくとも派手な色や形をした大輪の、いかにも人工によって改良された栽培品種の花をよしとする、フランス人や中国人やアメリカ人の好みとははっきり異なっている。彼が好きな庭園用の草花は、昔ながらのバラであり、タチアオイでありユリである。しかもそれらができるだけ野生状態に近く茂っているというのが好きなのだ。
『徒然草』第百三十九段に、
「家にありたき木は、松・さくら。松は五葉もよし。花はひとへなる、よし。............八重桜は異様のものなり。」
とある。
二つの随筆の作者は同じ趣味の持ち主といってよいだろう。但し兼好法師の方がはるかに生臭いことを述べているように思われる。

何十年かぶりにこの私記を読み返してみて、ぼく自身がすでにヘンリ・ライクロフトの年齢をはるかに超えていたことに驚きもし、納得もした。
この私記について触れたいと思うことはまだまだ沢山ある。自分に重なる箇所があまりに多いからである。

著者のギッシングは小説家だったが、作品はほとんど残っていない。ただ現代もなお輝きを失っていないのはこの「ヘンリ・ライクロフトの私記」だけである。短編集や南イタリア周遊記が岩波文庫に収められているが、ヘンリ・ライクロフトの私記と読み比べると、やはり存在が希薄なのだ。

久しぶりに長い枕になってしまいました。
ここからが今日リリースの「ビスビー14.30カラット」についてです。
トップの写真、大きくしました。ぼくにとってこのビスビーに、殊のほか大きな意味が込められていることに他なりません。
今にも泣き出しそうな空模様。普通なら撮影は断念します。しかしこのビスビーは悪条件下でもその美しさ、品質の高さが十分撮影できる、そう判断したわけです。

ビスビー ターコイズ結果はまさにドンピシャリ。
滑らかな石肌、比類無き透明感、そして晴れた日の日没の一瞬を切り取ったようなブルーのグラデーション。
完膚無きまでに、この石のありのままの姿を捉えることができました。

はっきり言ってしまえば、これまでリリースしてきたすべてのビスビーをはるかに超えています。
ターコイズという鉱物が持つ長所を凝縮した、といったら言い過ぎでしょうか。いや、そうは思いません。
スパイダーウェブにはスパイダーウェブの美しさがあります。このビスビーには鉱物としての完成された美しさ、質の高さが備わっています。気高い青です。

ビスビー ターコイズ「Blue Twilight」..........。雄大な自然の美しさを宿した小さな世界。
本当に磨きたいものを磨いた、ということです。
This is not for sale.

 - ビスビー